人間の世界では、ストレスからか胃潰瘍を患う人が増えているようです。馬でも、最近の研究で多くの馬が胃潰瘍をも っていることがわかっています。 100%の成馬が一生のうちのいずれかの時期に胃潰瘍になり、25~50%の子 馬が胃潰瘍を患っているといわれています。この全てに症状がみられるわけではありませんが、馬にはどんな影響 があるのでしょうか。ちょっと考えてみましょう。
馬の胃は、下部の3分の2だけが塩酸や消化酵素(ペプシン)を分泌します。上部3分の1には分泌腺はありません (無腺部といわれます)。潰瘍は、ほとんどがこの上部3分の1にみられます。この部分は酸に対する防御機構がほと んどないからです。(それに対して下部3分の2は常に胃液に触れているので、多くの防御機構があるのです。)無 腺部 に酸(胃液)が触れると、その部分はあっというまに傷害されてしまいます。
いろいろな馬を調査したところ、 放牧地で自由に草を食べている馬には胃潰瘍は少ないようです。 厩舎にとじこめっぱなしの馬では、草を自由に選べるようにして与えても胃潰瘍がみられるようです。 馬は身体の割にとても小さな胃を持っているので、少量すつ長時間食べるのが本来のスタイルなのです (放牧されている馬は、ずっと草を食べつづけていますね)。 舎飼の馬はより多くの量を少ない回数で食べることになります。また、穀類を与えられることも関係が あるようです。穀類を与えると、同じエネルギーを得るために食べる乾草の量は当然少なくなりますし、 乾草と比べると食べるのに時間がかかりません。このため胃がカラになる時間が長くなり、 胃液の酸に胃壁がさらされる時間が長くなるというわけです。
また、 絶食時間が長くなると、胃液の酸性度が強くなり、 胃壁に対する攻撃の度合いが増すこともわかっています。
潰瘍は、胃の中の攻撃と防御のバランスが崩れることによってできてしまいます。 攻撃とは、胃粘膜から分泌される塩酸やペプシン。防御とは、粘液のバリアー、粘膜の血流、細胞の再構築などがあ げられます。これらは、普段はうまくバランスがとられていますが、何らかの理由で バランスが崩れ、防御にくらべて 攻撃の方が強くなると胃壁が傷害されてしまい、その結果潰瘍となるのです。
子馬は、生理的なストレスで潰瘍を作るリスクが大きいようです。 子馬では、しばしば分泌腺のある胃の底部で潰瘍がみられます。重篤な病気にかかったときには、 下部3分の2の胃壁の防御が弱くなります。半分くらいは自然に元に戻りますが、 この時期にストレスにさらされていると、ちょっと傷ついただけだった胃壁が潰瘍へと進行してしまうのです。
胃壁はとても薄いので、容易に穿孔性の潰瘍になります(胃に穴があく、という状態ですね)。その穴が大きいと、腹 膜炎をおこしたり、ひどいときには死亡したりします。 成馬と同様に、乳の摂取が不十分だと胃の中の酸性度は強くなります。そのため、十分に乳を飲めていない子馬で は、胃潰瘍ができやすくなるのです。 胃潰瘍の子馬では、歯ぎしり、唾液の過剰、乳を飲みたがらない、疝痛のような症状をみせる、などの異常がみられ ます。(しかし軽度の潰瘍では見られないことが多いようです)。
胃潰瘍は、内視鏡(胃カメラ)によって診断します。内視鏡によって異常が確認されたら、すぐに治療を行います。治 療の開始が早いほど、治癒も早いようです。治療には、胃酸抑制剤によって胃の中の酸性度を低下させたり、粘膜保 護剤によって胃粘膜を守ったり、という方法ががあります。胃酸抑制剤は馬での有効性が実証され、ペースト状なので 与えやすいものがあります。欠点は、少々高価なことです。
食餌療法(?)も大切です。なるべく自然に近い状態で食べさせるのがよいそうです。乾草を自由採食させた り、濃厚飼料を制限したり頻回に分けて与えたり、といったことです。
繰り返しますが、大切なのは早く発見し、早く治療を始めることです。そうすれば、症状をひどくさせずに治すことが できます。